第30節 作法と大衆
- 現代が大衆時代であることは、申すまでもない。が、大衆が、粗野である時代は終わりかけている。豊かな大衆は、ノーブルなものを求めてゆく。
- ノーブルなものは、窮屈であるから、大衆から好まれないと信じられてきた。が、ノーブルなものを眺めているぶんには、窮屈でなく、ノーブルを演出する者にとってのみ、窮屈である。
- ノーブルな趣味は、貴族的なものであるから、人間性から離れたものであると信じられてきた。ところが、人間の巧みが進んでゆくと、どうしても、貴族的なものになってしまう。それでは、貴族的なものの、どこがいけないか。それは、ノーブルなものを、貴族が独占したことに、いけなさがあった。
- ノーブルなものを虚栄心の対象のように思い込む者は、幼稚な錯覚に陥っていると見る。
- わたくしは、以上の考えから、貴族らしさを表わす作法の存在とともに、庶民らしさを表わす作法の存在を否定する。そうして、しかも、ノーブルであることを、求める。
- 次に、大人(たいじん)は、なにもなさず、小人が、その身辺の世話万端をするというのが、東洋での伝統的習慣である。そこで、大人たる者は、こせこせ、手を動かさないのが、作法ということになる。
しかし、いま、世界人としての作法を考えるならば、これでは、いけない。
自分より、身分の低い人に対しても、平等に世話されよ。
総論
[エージェントマンに作法は要るか]
[作法とは]
[作法の目的の分解]
[作法は自分のためならず]
[「われわれ」の伸縮]
[「より外なるわれわれ」のために]
[互恵主義]
[作法は森羅万象のためのもの]
[品物を大切にせよ]
[与えられた文明には心が乗りにくい]
[ゴツイ人物のやり方]
[自分自身がどうしてよいか分らないとき]
[どうしようか迷っている相手に対しては]
[作法的なつもりで無作法を行なう者をどうするか]
[改まり方・くずし方]
[作法とサービス]
[作法と生産性]
[心と型]
[動機論か結果論か]
[媚と反媚]
[作法と自然さ]
[作法の流儀]
[統一型作法と並列型作法]
[欧米との流儀の融和]
[アメリカ作法を見誤るな]
[一般と特殊]
[3種類の動作]
[作法と体型]
[作法と風習]
[作法と大衆]
[作法と女性]
[異なるセックス意識]
[作法とヤング]
[雑音を嫌う]
[あとしまつの技術]
[縮小化のわきまえ]
[そこまでやるのか。そこまでやるのである]
[作法のために頭が痛くなれ]
[教授法での注意]
[説明するな]
[作法研修先での注意]
[この本での対象作法の限定]
[この本の編序]
[用語の約束]