第29節 ハンド・バッグ
【通解】ハンド・バッグ略史
- Hand Bag とは、手さげ袋のことであるが、普通、女子用のものをいう。
バッグは、携帯用必需品を入れるために発生した。
男子の場合、一般に着物の布が丈夫で、ポケットも大きかったが、女子の場合、その逆であったため、どうしても、何らかのバッグを必要とした。
- バッグの使用は、古くからで、古代ギリシアの女性が美しいシルエットをこわさないため、ポケットのかわりに、腰に袋を下げたという記録が残っている。
- ローマ時代を経て、中世には、男女とも、腰ひもに袋を下げる習慣が定着し、現代も、ヨーロッパ各地に、この形が残っている。
こん日、スウェーデン、ノルウェーなどで、民族衣装を着用するとき、大きなバッグを腰ベルトに下げるのは、その顕著な一例である。
- 1400年代から急激に服飾創作技術が進歩したことと、1500年代から、女子尊重の風が起こり始めたことによって、服装による女性美の追求が表面化し、それとともに、貴族女子は、腰袋でなく、手さげ袋を持つに至った。
- ここに、ハンド・バッグが腰袋と異なり、第1義に装飾品、第2義に実用品としての意味を持っている、という基礎的事情がある。
- ただし、1700年代、貴族女子の服装が最も誇張された時代に、大きなスカートの中にポケットを作ったので、ハンド・バッグを使わないことが多かった。
- 1800年代、フランス革命後、スカートが小さくなったので、ふたたび、手さげ袋が流行し、ここでは、その手さげ袋が小型化し、女子であるならば、誰でもが持って歩くようにかわり、こん日に至った。
- 腰袋と手さげ袋の合体した形のショルダー・バッグは、クリミア戦争(1853〜1856年)で、ナイティンゲールたちが使用していた。
第1次世界大戦では、第一線に出た男性のかわりに、女子が各方面の職場で働いたが、これによって、女子の労働能力が理解され、戦後、年を追って、女子の職場進出が顕著となり、第2次世界大戦(1940〜1945)が、この傾向を、いっそう、本格的なものとした。
女子の職場進出が盛んになって来ると、工場で働くための作業着を入れるバッグや、あるいは、子供がいる女子の場合、子供用品(おむつなど)を入れる活動的なバッグが必要となった。
また、大量に買物をするときなども、便利であった。
で、これも、一般化し、こん日に至っている。
- 日本では、フロシキ包みという有用なものがあったし、和服の特長を利用して、袖や帯などに物を入れていたので、ハンド・バッグの必要がなかった。
ハンド・バッグを使用するようになったのは、洋服を着用しはじめた鹿鳴館時代からである。
- このように、ハンド・バッグは、各時代の生活の必要や流行によって、型が変化してきている。
腰袋 → 手さげ袋 → ショルダー・バッグ
【通解】ハンド・バッグの置き場
- ハンド・バッグ作法には、ハンド・バッグの置き場という問題がある。
このとき、現代日本では、これを物理的にしか考えないし、あるいは、日本でのフロシキ包みのときの考え方で行ないやすい。
が、ハンドバックが欧米から来たものである以上、欧米風習を、理解しておきたい。
- 欧米では、ハンド・バッグの底は靴の底と同じに考え、ハンド・バッグを、路上で、地面に置くという思想がある。
事実、かれらは立ちばなしをするときなど、バッグを平気で地面に置く。
そこで、ハンド・バッグの底には、土が付いていると思う約束がある。
- このような約束から、ハンド・バッグを、決して、卓上、ことに、食卓に戴せない。
この点、日本人が、フロシキ包みについて考えている感覚と、かなり、違う。
日本人の場合、フロシキ包みを路上に置くことはないから、座敷でも、卓上に置きもするし、その延長として、フロシキ包みを洋室の卓上にも置く。
同じように、日本人は、ハンド・バッグを、洋室の食卓にも置きやすい。
- つぎに、欧米人は、イスに腰かけているとき、ハンド・バッグの中味(なかみ)を取り出すにあたって、ハンド・バッグを床から持ち上げ、平気で、自分の膝の上に載せる。
矛盾しているようであるが、かれらは、自分の靴の置き場がないとき、平気で、自分の膝の上に置いたりしており、これを作法と心得ている。
つまり、「膝の上」について、日本人の和服での膝の上と違う観念を持っている。
- 大きな荷物の上に、小さなバッグを重ね置きしてはいけない。
【型1】欧米の訪問先やホテル・ラウンジでのハンド・バッグの置き場
- 「ハンド・バッグを、こちらにどうぞ」というクロークを持った住宅やホテルでは、こちらが、そういわれたとき、ハンド・バッグから、いくばくの小品を出して、手に持ち、ハンド・バッグを、そこに預ける。
- クロークがないが、客室に通されたとき、サイド・テーブルなど、ハンド・バッグを載せる台を持って来てくれることがある。そのときは、その上に置かれよ。
(ホテル・ラウンジのサイド・テーブルには、さっさと載せてしまってよい)
- そのような台を持って来てくれないとき、自分の座る左の床の上に置かれよ。
この「左の床面」という位置が、ハンド・バッグの標準の位置であって、そのことは、エリザベス女王が、2時間、閲兵されるというときの例でもわかる。
女王は、はじめ、約30分間、ハンド・バッグを手に持ったままで、立っておられ、それから、立たれている床上にハンド・バッグを置かれて、お伴の女官に持たされることがない。
- が、床に置くことができない事情のときもある。
たとえば、自分が長イスのまん中に、座っていて、イスの左端まで、遠いとき。
そういうとき、自分の座わっている(または、立っている)足の爪先に置かれよ。
- しかし、所詮、床の上では、具合の悪いことがある。
たとえば、床の上に水が撒いてあるとか、粉だらけであるとか。
または、ハンド・バッグが小さく、床上に置いたのでは、落っことしてあるようでもあるし、また、第三者が、踏みつけやすいとか。
そういうときは、ハンド・バッグを膝の上に載せられよ。
- しかし、その膝の上にも置いていられないことが起こる。
たとえば、自分が長イスのまん中にすわっており、前にテーブルがあるわけでもなく、大きな本を渡されて、それを、よく見るといったときである。
- が、ハンド・バッグの大きさや形からして、床の上でもないと判断したとき、始めて、自分の座っているイスの上で、自分の左側に、身体を密着させて置かれよ。
が、この形は、例外的な形である。
そのことを知らずに、どこに行っても、自分の腰かけているイスの上に置く現代日本の一般的風習は、「はなはだ、失礼」なのである。
- しかし、そのイスの上の左側にすき間がないとき、始めて、イスの上で、自分の後ろ側に置く。
- ショルダー・バッグのときも、まったく、同じ順序で考える。
- ただし、婦人警察官、看護婦、スチュワーデスなど、制服を着ている婦人の場合、公然とイスの背に掛ける規則の場合がある。
もし、制服を着てないのに、イスの背にショルダー・バッグをブラ下げたとすれば、これは、特殊な職業の婦人であることの信号であり、このことを知らないのは、教養の問題となる。
【型2】レストランでのハンド・バッグの置き場
レストランでも、訪問先家庭や、ホテル・ラウンジでの考え方と、同じである。
- レストランで、クロークのあるところでは、ハンド・バッグも、そこに預ける。
小品のみ取り出しておかれよ。
- しかし、欧米でも、クロークが、「ハンド・バッグは預かりません」ということもある。
盗難にあった経験を持つということ。
そういうとき、こちらは、ハンド・バッグをレストランの中に持って入らねばならない。
- 自分が、食卓にすわるにあたってのハンド・バッグの置き場を、どうするか。
まず、ウェーターに聞いて、ウェーターが、「こちらにお置きください」というところに置かれよ。
- ウェーターが自分の近辺にいないか、また、いても、頼りないときは、こちらとして、ハンド・バッグ・ハンガーを持っているかぎり、それで、食卓から、ぶら下げられよ。
- ハンド・バッグ・ハンガーを持っていないか、また、それでぶら下げたのでは、食事しにくいならば、自分のイスの左の床面に置かれよ。
- ただし、日本では、これを、ウェーターが、踏むことがあるので、その懸念を感ずるとき、こちらの、足の爪先に入れてしまわれよ。
- また、自分が長イスのまん中に座っていて、自分の左の床面に置くことができないときも、自分の足の爪先に置かれよ。
- また、床面が汚れているときは、自分の膝の上に載せることを考えられよ。
- しかし、膝の上に載せたままでは、食事がしにくいと判断されるとき、始めて、自分の座っているイスの上で、身体の左横か、後ろに置かれよ。
このときは、「失礼申し上げます」という風にして。
- ショルダー・バッグのとき、制服を着ているのでないかぎり、イスの背に、ハンド・バッグを掛けたりされないこと。
【型3】化粧を直すとき
客席で、ハンド・バッグから、物を取り出して、化粧を直すと、特殊な職業の婦人ということになる。
で、化粧を直すときは、かならず、洗面所にいって行われよ。
【型4】洗面所
クロークに、ハンド・バッグを預けているとき、手洗いなどに行くため、ハンド・バッグだけを受け取りに行くのは、不作法でない。
【型5】客のハンド・バッグに対する作法
- クロークで、「ハンド・バッグも、お預かり申し上げましようか」というのは、親切である。
- しかし、「こちらでは、ハンド・バッグも、お預かりすることになっております」というのは、失礼である。
- また、「ハンド・バッグは、どうぞ、中にお持ちくださいませ」というのも、失礼でない。
(ただし、このときは、当店が高級でないことの宣言となる)
- 客を、客間、ラウンジ、レストランなどに、迎え入れたとき、ハンド・バッグを置く台を、そばに持って行かれよ。これが、高級なサービスである。
- そういった台を持って行けない事情のとき、客に、ハンド・バッグをイスの上に置かせるにあたっては、「恐れ入りますが……」ということばを添えられよ。
これは、「置かせるべきでないところに置かせて、申しわけございません」という気持である。
「台も、さし上げ得ませず……」という意味である。
- 客が、ハンド・バッグを卓上に載せたり、イスの背からぶら下げたりしたとき、こちらは、知らぬ顔をすること。
そうしないと、客を恥かしめることになる。
【参考】ハンド・バッグの型
- イブニング・バッグ
大きさは20cm 四方内のもの。
ダンス・パーティなどのとき、ポシェットも便利である。
- アフタヌーン・バッグ
布製、皮製などでよい。
大きさは、中型で、ハンド・バッグ・ホルダーでさげられる程度のもの。
または、膝に置けるもの。
- タウン・バッグ
大きさは30cm ぐらいのものが、多い。
それより大きなものは、時と場所によっては、クロークなどにあずけて、セカンド・バックだけ使用する。
〈イブニング用〉
〈アフターヌーン用〉
〈タウン用〉
第4章 美容と服装