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2006年 6月10日〜 11日
講師紹介
成田 研一
特別寄稿

講師特別寄稿 

日本の国立公園のこれまでとこれから

成田 研一



1.日本の国立公園の意義と特徴

我々が住む日本の国土は、大きく見ればユーラシア大陸の東端、太平洋の北西縁に位置しています。そして、大陸とは日本海、東シナ海を隔ててほぼ平行に弧状列島をなし、北端の北海道から南西端の沖縄八重山諸島まで、実に3,000kmに及んでいます。
気候的には、北海道を除いてアジアモンスーン地帯の一角、暖温帯に属し、夏の太平洋高気圧、冬の大陸からの季節風の影響を大きく受け、四季がはっきりしています。また、起伏に富んだ複雑な地形と世界平均を上回る降水量とがあいまって、日本列島には変化に富んだ多種多様な生物相、自然環境が展開しています。
そのため、日本各地に繊細優美な自然の風景地が数多く存在し、古くから多くの人々がその地を観光や登山に訪れ、風景を観賞し、詩歌などの文学作品や絵画、写真の題材に取り上げるなど、日本人の精神文化形成や生活行動に深く関わってきました。
これらのうち、わが国を代表する優れた自然風景地の保護と利用を目的として、昭和9(1934)年に初めて国立公園が誕生しました。瀬戸内海、雲仙、霧島の3公園です。モデルとしたアメリカの国立公園に遅れること60年余です。このあと阿寒、十和田、中部山岳などが次々と指定され、第二次大戦前には12の優れた国立公園が誕生しました。
このようにわが国の国立公園は、国内の優れた自然の風景地を国の政策として保護し、国民のレクリエーションばかりでなく、国際観光上の意義も含めて役立てようとしたことに始まりました。一番新しい国立公園は釧路湿原ですが、戦後から近年にかけて指定された公園や拡張されたエリアは、戦前のものと比較すると、風景地の保護はもちろんですが、それぞれの時代背景を反映した新しい観点から区域設定がなされたものも多く見られます。それは、経済社会の発展に伴う国民の価値観や観光レクリエーション行動の変化、生物学・生態学の進歩、国際条約等に配慮した結果といえるかもしれません。
現在、国立公園は28あって、全面積約206万haで国土面積の5.45%を占めています。国定公園(同134万ha、同3.56%)や都道府県立自然公園(同196万 ha、同5.19%)とともにいわゆる自然公園体系を形成しており、これらは日本の自然環境保全上大きな役割を果たしています。
わが国の国立公園がアメリカ、カナダ、オーストラリア、中南米諸国など新大陸の国立公園と大きく異なるところは、『地域性』の公園体系を採用していることです。アメリカなどでは自然景観の優れた広大な土地をふんだんに取り込み、管理権を持った公園専用地として区域設定するいわゆる『営造物』の公園体系をとっています。それにひきかえ、古くから人々の生活の場となり、いろいろな用途に使われてきた土地の多いわが国では、土地の所有や管理権には関係なく、一定の素質条件を有していれば公園区域を設定するのです。そのうえで、風致景観の保護のための公用制限(現状変更行為に対する法的規制)を行う『地域性』の公園体系を採用しているのです。比較的国土が狭隘で人口密度が高く、開発の歴史が長いヨーロッパの国々には日本と似た制度を持った国立公園が多く見られます。
大自然の傑出した風景地を人為的改変から守り、これを永久に保存して、後世の人々のために「国立公園」を作ろうという発想はアメリカに学びながら、公園体系が異なる地域性公園を採用した背景には、国土が狭く、土地の多目的利用を前提とせざるを得なかったわが国の実情がありました。しかし、この地域性という公園体系が後々の公園の管理運営上いろいろな問題をはらむことになるのです。

2.公用制限と許認可制度
国立公園区域内における農林水産業、鉱業など第1次産業による開発との調整、ダム、河川、道路、都市開発など地域整備や生活行為との調整は、地域性公園の景観保護にとって重大かつ避けて通れない問題です。
前項で述べたように、地域性の公園は土地所有形態が様々で、国立公園専用地はわずかです。たとえ国有地であっても、その多くは林野庁所管の国有林であることが多いのです。そこには林野行政として森林施業計画というものがあります。現在はほとんど見られなくなりましたが、かつて拡大造林が盛んに行われた頃はスギ、ヒノキ、カラマツなどを植えるために自然林でもバサバサ伐っていたのです。また、公園によっては大事な核心部を県有地が占めており、県の施策による開発計画が浮上することもありました。民有地の場合はもっと深刻な事態も生まれる可能性をはらんでいます。そこで環境省では、国立公園として本当に重要な利用拠点の土地を国有林から所管換えしたり、貴重な自然景観や生態系を開発の手から護るために、交付公債制度を適用して民有地の公有地化を進めてきました。
地域性の公園では、その風致景観を保護するため、自然公園法に基づいて公園計画(保護計画)が決定されます。公園区域の中を、最も厳しい「特別保護地区」から、第1種、第2種、第3種の「特別地域」、最も緩い「普通地域」まで、景観要素や生態系の重要度等に応じ5段階にゾーニングし、この地種区分ごとに許可の基準が決められています。たとえば、特別保護地区では落ち葉一枚拾うにも、昆虫一匹捕まえるにも大臣の許可が必要ですが、これらは学術研究目的以外は許可にならないほどです。また、普通地域では一定の行為について事前の届け出が必要です。上に述べたような国有の自然林を伐った事例は、第3種特別地域内で法律に基づく省庁間の協議が整った上でのことですが…。その他、植物の採取や工作物の築造、土石の採取や地形変更などあらゆる現状変更には法的手続きが必要です。各種の公共事業についても例外ではありません。
昭和30(1955)年代、戦後復興期で経済成長著しい頃、増大するエネルギー需要に対応するため水力開発が盛んに行われ、国立公園の核心部にまで大規模な発電用ダムが作られました。40年代には全国各地で観光道路や大規模林道の開発が自然破壊を引き起こし、大きな問題となりました。そして50年代、火山地帯を区域に持つ国立公園で地熱発電のための蒸気井の掘削やパイプラインなど付帯構造物が、周辺の温泉源や自然景観の保全面から問題となりました。最近では、風力発電用の大規模な風車が、公園の風致景観や鳥類の飛翔コースに与える影響が懸念され、その対応が検討されています。 
一方、国立公園の利用の一翼を担う民間事業、たとえば国立公園核心部など利用拠点でホテルや食堂を営む場合は、公園計画(利用計画)に基づく公園事業の認可手続きがとられ、国に代わって公園利用施設を建設し、これを経営管理することができるのです。もちろん勝手に何でもできるのではなく、あくまでも国の計画に沿ったものでなければなりません。施設の種類、建物の位置、規模、デザイン、一部営業の中身まですべてにわたり厳しく審査されて初めて認められるのです。
このように厳しい計画や基準に当てはめて、申請者を指導したり現地調査をし、必要な意見具申をするのがレンジャーの大事な仕事のひとつです。レンジャーは国立公園の現地で、この法律の規制(公用制限)を背負って、少しでも望ましい国立公園づくりのため、日夜、許認可申請書の山と格闘しているのです。最近、多忙なレンジャーの人員不足を補うために「アクティブレンジャー」が配置されました。主として現地において、パトロールや公園利用者に対する案内指導、自然解説などを若い人たちが担っています。

3.生物多様性の保全と自然再生事業
最初に国立公園が誕生した頃は、まだ概念的にも、実質的にも問題にならなかったことが、最近の話題となってきています。
それは、平成4(1990)年の地球サミットで採択された「生物多様性条約」に基づいて策定された「生物多様性国家戦略」による自然公園としての諸施策です。この条約は、熱帯雨林の急激な減少、種の絶滅の進行への危機感、さらに人類生存に不可欠な生物資源消失への危機感が動機となっています。わが国の国家戦略では、人類生存の基盤であり、豊かな生活、文化、精神の基礎である生物多様性の保全とその持続可能な利用を目的としています。
日本の国土は前述したとおり、もともと多様で豊かな自然環境に恵まれています。なかでも国立公園を中心とした自然公園地域は、従来からわが国における生物多様性保全施策の骨格となってきました。今後はこれら地域を日本の生態的ネットワークの中核として位置づけ、他の諸制度との連携によって、さらに生物多様性の保全が図られるよう努めていくことが、平成14(2002)年に見直された新戦略に明記されました。
そこで、従来から国立公園の主たる目的であった優れた自然の風景地の保護に加え、そこに生息する野生生物の保護、それらの生息環境の保全など生物多様性保全の観点に立った施策に、国はより一層の力を注ぐこととなりました。そのため、例えば@公園の核心部において、生態系の変化をもたらす要因の調査解明と貴重な自然の保護管理手法の検討、A利用者の集中等により影響を受けて破壊されまたは衰退した湿原植生、高山帯植生等貴重な植生の保護復元事業の実施、B熱帯魚類をはじめとする多様な生物相を育むサンゴ群集の保全を図るため、異常繁殖したオニヒトデの駆除などの事業に取り組んでいます。
また、オーバーユース等の影響を軽減するため、公園へのアクセス道路のうち必要な路線のマイカー規制措置の継続拡充、公園の利用人員や滞在時間をコントロールできる「利用調整地区」の設定、エコツアーなど環境保全型自然体験活動の推進を図ることになっています。その他望ましい持続可能な利用の方策についての検討、ビジターセンター等での利用者に対する自然環境教育、学習の機会の提供、そのための施設の整備とそれに携わる人材の育成等に努めています。
さらに、平成14(2002)年、新しく「自然再生推進法」が制定され、北海道のサロベツ原野、釧路湿原、近畿の大台ケ原、九州の阿蘇などで「自然再生事業」が実施されています。この事業は、衰弱しつつある生態系を健全なものに蘇らせるため、失われた国立公園の自然を積極的に修復、復元しようというもので、調査計画段階から事業実施、完了後の維持管理に至るまで長時日を要するのです。事業着手後もモニタリングを続け、順応的管理を継続する必要があります。順応的管理とは、事業の実施により、かえって生態系の機能を損なうことがないよう的確なモニタリングと事業内容の柔軟な見直しを行いつつ、時間をかけて慎重に工程管理していくものです。また、国の機関だけでなく地域住民、環境NPO、地方自治体など多くの関係者の合意形成を十分図りながら、相当に息長く続けていかなくてはならないでしょう。この事業の今後の進展が期待されています。

日本の国立公園の歴史

明治44(1911)年

第27回帝国議会に「国設大公園設置に関する建議」

昭和 6(1931)年

「国立公園法」の制定

昭和 9(1934)年3月

最初の国立公園(瀬戸内海、雲仙、霧島)指定

     同年12月

阿寒、大雪山、日光、中部山岳、阿蘇の各公園指定

昭和11(1936)年

十和田、富士箱根、吉野熊野、大山の各公園指定

昭和21(1946)年

戦後初の伊勢志摩国立公園指定

昭和24(1949)年

国立公園法を改正、「特別保護地区」制度と
「国立公園に準ずる地域(国定公園)」制度の創設

昭和32(1957)年

「国立公園法」に代って「自然公園法」制定
自然公園体系が確立される

昭和45(1970)年

海中公園制度創設

昭和49(1974)年

特別地域の地種区分を規定

昭和50(1975)年

特別地域内における各種行為の審査指針策定

昭和62(1987)年
〜平成元(1989)年


自然公園にふさわしい利用のあり方検討

平成 2(1990)年

自然公園法改正、動植物に対する保護を強化

平成12(2000)年

自然公園法改正、自然公園法地方分権への対応

平成14(2002)年

自然公園法改正、生物多様性の確保への対応


日本の国立公園一覧
http://www.sizenken.biodic.go.jp/park/info/datalist/national/np_1.xls より調製

 
 
 



国立公園の各種数字データ(平成16(2004)年3月現在)

1 国立公園の箇所数と面積(参考:国定公園、都道府県立自然公園)
   
28箇所
総面積
2,061,040 ha
(国土面積の約5.45%)
  (国定公園
55箇所
同上
1,343,882 ha
同上 3.56%)
  (都道府県立自然公園
308箇所
同上
1,962,220 ha
同上 5.19%)

国立公園の地種区分別面積
  特別地域  
1,471,000 ha
71.4%
 
内訳:
特別保護地区
273,853 ha
(13.3%)
    第1種特別地域
240,853 ha
(11.7%)
    第2種
475,446 ha
(23.1%)
    第3種
480,621 ha
(23.3%)
  普通地域  
590,354 ha
28.6%

国立公園の土地所有別面積
  国有地
1,280,070 ha
(62.1%)
  公有地
260,125 ha
(12.6%)
  私有地
520,805 ha
(25.3%)

国立公園の海中公園地区(参考;国定公園同)
   
11公園
33地区
72箇所
1,278.8 ha
  (国定公園同
14公園
31地区
67箇所
1,385.4 ha)

国立公園の年間利用者数(平成14(2002)年)
 
28 公園
 
計 36,955万人
 
利用者が最大の公園:
富士箱根伊豆
10,301万人
 
第2位:
瀬戸内海
3,961万人
 
第3位:
上信越高原
3,183万人
 
利用者が最少の公園:
小笠原
2万人

国立公園管理職員(自然保護官等)定員の推移
  昭和28(1953)年(国立公園管理員を全国8箇所に配置)
40名
  昭和35(1960)年(日光国立公園管理事務所設置)
52名
  昭和46(1971)年(環境庁発足)
53名
  昭和54(1979)年(全国を10ブロックの管理体制導入)
99名
  平成13(2001)年(環境省に昇格)
210名
  平成18(2006)年
250名