第1章 論文の書き方
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第4節 文章と時代


  1. わたくしは、1930年ごろ、たとえば、つぎのように書かされていた。
    「近来、観光とか云ひて、働きの手を休め、山野に享楽する痴者を生ず」

  2. これが、1940年ごろでは、つぎのように、かえられていた。
    「近来、観光業と言う名称を用ひて、美麗なる抽象的包含的綜合的言辞の許に、国民大衆の衝動心を煽る非生産的ブルジョワ的擬制的存在が在る」

  3. これが、1950年ごろでは、つぎのようにかえられていた。
    「近ごろ、観光事業により、なかんずく、ホテル事業によって、外貨かく得方法を、こうじようとし、そのため、温泉のゆう出量を、ふやさなければならないという常識を失なった意見を述べる人たちがいる」

  4. これが、1960年ごろでは、つぎのように、かえられていた。
    「近ごろ、観光事業により、なかんづく、ホテル業によって、外貨獲得方法を講じようという線とともに、国民観光のためにも、その健全な途を拓く考え方が、あらわれている」

  5. 1960年ごろには、1950年ごろ、行なった文字改革のうち、失敗と思われる部分を、もとに戻しているところがある。

  6. それで、1950年ごろの方法に、失敗がなかったと思う人たちは、1960年ごろの方法を、反動的であると呼んでいる。

  7. 1960年に対して、1970年の書き方は、もう1つ、はっきりとした区別を表し得ない。
    つまり、1960年ぐらいから、日本語の表し方が、安定しているためとも言えよう。

  8. もとより1980年式の書き方は、まだ、わからないし、ことによると、1970年代の書き方でよいのかもわからない。

  9. 文書形式というものは、みんなが勝手に作り出せばよいものである。

  10. が、それを、みんなの中の代表選手が、眺めていて、たえず、「これが、現時代に適した標準型である」と発表していくものである。

  11. この代表選手の中には、国語の伝統を、しっかり背負った方も、流行作家も、新聞記者も、ときには、漫画家も含まれていてよい。

  12. この代表選手のあつまりを、日本では「国語審議会」と名付けている。

  13. フランスの国語審議会では、現在も、ほとんど、毎日、自国語の文字での表し方を修正している。

  14. 諸君が、フランス語を学ばれてみて、あのように、整然としているフランス語とは、こうして、何百年もかけて、少しずつ整理し続け、出来上がってきたものであり、それを、こん日も、なお、毎日、修正しつづけているのである。

  15. 日本の国語審議会は、日本語の文字での表現方法の修正を、現在では、2〜3年に、1度ずつ、まとめて、行なっている。

  16. いま、この文章心得で、諸君に提示する方法は、だいたい、1980年代にマッチした方法である。

  17. そこで、諸君は、生涯、この文書心得の方法でよいと思われないこと。

  18. ただ、言えることは、この1980年代の方法を、諸君が、1980年代に、身につけておかれないと、1990年代以降に、諸君が、その時代の文書に強い方となられないであろうということ。

  19. 国語が、ひとつの活きものであるかぎり、たえず、時代とともに、修正していかなければならない。

  20. なお、あとでも述べるが、わたくしは、いずれかと申せば、窮極、日本語を、ローマ字であらわすようにすべきであると思っている。

  21. それの準備として、現代として、許される限度において、すこしでも、「かな」を多くすることを求める。

  22. この文書心得には、そういう傾向がうかがわれよう。

  23. わたくしも、過去、数年間、熱中したのであるが、それは、コンピュータに口達し、それを文字に打ち出させる仕事である。 それが、できるというところまでは来た。 残り、これを、われわれの身辺に置くまでにするのに、どうしても1990年代まで待たされる。 が、そこまで行っても、文法をまちがえた口達は許されない。

  24. こういったことのため、諸君には、「文字の学」を身に付けなければならないという仕事が残っておられる。

  25. さて、われわれは、なんとかして、世界語が欲しいと思う。

  26. 現在は、英語やエスペラントが、それであるように言われているが、遠い将来では、わからない。

  27. 世界語は、さまざまの国から提供したことばと文法によって、構成されるべきものでないか。

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